受賞寄稿文

剣道修行を振り返って 静岡市剣道連盟顧問 林 学

私は、間もなく誕生日を迎えると87歳になります。親から「学」という名前を貰い、終生あらゆる人、あらゆる処から学びを得、感謝しながら生きるべしと運命づけられている様に思います。

 小学生5年生当時は戦時色強く、同学年の男子は全員剣道の教育を受けました。それ以来、戦後の中断や家業に専念していた時期はありましたが、常に剣道は念頭にあり修行に心掛けてきた積りで居ります。体にある程度、剣道の基礎が出来たかなと思えたのは、旧制県立静岡商業高校剣道部での5年間です。武道は正課でしたから立派な先生方が師範として居られましたが、放課後の部稽古には全く見えず専ら最上級生、主将他の先輩が指導し、互いに励み激しい稽古を毎日積み重ねました。学校での稽古以外にも武徳殿の早朝や夜間稽古に行き、先生方にぶつかり教えて頂きました。より多くの稽古をと頑張り、最上級生の時には県下優勝することが出来ました。努力と頑張りは必ず力になると言う自信に近い貴いものを得られ、その後の人生、荒波の中で心の支えになったことは確かです。

戦後復活して間もない頃、早大稲門剣友会の剣豪を迎え、全静岡との対抗試合の大会が市公会堂で行われました。持田盛二、斎村五郎両範士に日本剣道形を打って頂けた立派な大会でした。大会後、警察署の道場で稲門会の先生方との交歓稽古が行われ、立派な先生方ばかりで驚きましたが、稽古をお願いした中に私は中芯線を攻め込まれ、進んで打とうにも殆ど手も足も出なく圧倒された先生が居られました。大岡貞という先生でした。一期一会、本当に一度だけ頂いた稽古でしたが、私はその時以来50有余年を経た今でも先生の剣先が脳裡に焼付いていて離れません。心の中で恩師と思って居ります。家業を終え、60歳を過ぎ、亦先生方に稽古を頂き七段位を頂く事ができました。そして年月を経ていますが今一度、大岡先生に稽古をお願いしたいとお尋ねをしましたが、早、天国の人となって居られ、願いは叶いませんでした。しかし生涯を通じ、心に響く教えを頂き誠に感謝です。

思えば私には師として特に教えを導かれた先生は居りません。あらゆる人、諸先生、剣友、青少年達、総てが私の師です。そして今強く思うことは、この人と思える先生には積極的に学びとる姿勢が大切であるということです。永い間、多くの人との交わりの中に多くの恩を頂いて今の高齢の自分があります。6月4日、全日本高齢者武道大会があり、図らずも最高齢(85歳以上)の部で優勝することができ、総理大臣賞を頂きました。無上の栄光であり喜びでありますが、常日頃お世話になっている諸先生方や身近な人々に声をかけられ祝福の言葉を頂く度に、少しでもご恩返しをすることが出来たのかなと言う思いがして嬉しさが湧き、改めて感謝の念を覚えます。

老齢になり、振り返ってみると、良い年をとって行くと言うことはそんなに易しく楽なことではありません。僅かではあっても絶えざる努力と我慢がやはり必要です。事、志と違い足腰は確実に衰えてまいります。心の寂しさもありますが、ここに気力の大切さがあると思っています。そして、年をとるということは、いくらか物事の判断、本質が分かる様になり、また皆さんの役に立つことがある筈であるとの思いもあり、又、陰の力になって行けたら此の上ない喜びであると思うのです。残りの人生は僅かかも知れませんが、私は、此の先も、生涯剣道を願い、此の道を歩いて行きたいと思って居ります。皆さんに感謝して。

剣道修行を振り返って 静岡市剣道連盟顧問 林 学
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